すべての群れの客である

大地から5センチくらい浮きながら文章を書くよ!

出席番号を書いてはいけません

すでにしてもうこのタイトルだけで死にそうなんですけれども、私がインターネットを知ったのは1999年から2000年に入るあたりのことだったかと記憶しております。

うそです。ぜんぜん記憶はしていない。何も思い出せない。アゲハ蝶を聞きながらパソコンのある部屋で右から左に動く「いらっしゃいませ」的な文字を読んでいたことは覚えている。

ということは、2002年あたりにはだいぶパソコンを触っていたことになる。

正直やはり思い出したくないじゃないですか。今はほら、インターネットリテラシーって言うんですか? なんかそういう言葉がありますけれども、少なくとも私がパソコンを触りだした時には、はっきりとそういう言葉はありませんでしたし、パソコン=ヲタクみたいな簡素かつ強引な方程式が世の中に厳然としてあったわけですよ。ほらこんな風に早口になってしまうんですねあのころのことを考えると。でもそれは仕方がないんですよ、あの頃のインターネットというのは黒歴史とほぼ同義語ですから、今でこそこんな風に文章を垂れ流していますけれども、あの頃の気持ちがまだ残っているのでインターネットは今でも怖いです本当に。

以下は一般論ではなくてまったくの私のメモリーなのですが、みなさんも思い当たるところがあるかもしれない。どうかしらない。

当時私は小学生だったのか中学生だったのかよく覚えていませんが、小学生のときに今後パソコンの授業が導入されていくぽいよ?くらいの年代だったと思うので、もうそのころにはこれからの時代はパソコンが必要!みたいな風潮が世間でもあったのだと思います。

しかし、家にパソコンを持っている人なんていうのはほとんどいなかったと記憶しております。正しくは、家にパソコンがあってパソコンを使っている人がいなかった、ということになるでしょうか。

当時の大人の社会がどんな感じだったか私には見当がつきませんが、たぶん仕事でパソコンを使わなければいけない、みたいな人もいたでしょう。でも子どもたちの間でパソコンなんてものが話題にあがることはありませんでした。公園で遊んでましたからね。まぁ今でも公園では遊ぶか。あとは友達の家で人生ゲームとかマリオのハエたたきとかクラッシュバンディグーとかをやっていましたね。

もちろん私の友人知人の中では、ということではあります。パソコンを触っている人たちもいたでしょう。でも本当に、あの時代ってパソコンを使っている人は強制的にヲタクだったのですよ。そういうカテゴライズになってしまっていたんです。だから私はパソコンの話なんて絶対にしませんでしたね。ヲタク=社会的な死の時代でもありましたからね。

で、うちにはそれより以前にワープロというものがありました。シャープの書院だったかな? 当時ワープロがあるということはかなりすごいことだったと思います。わかんないけど。

でも使われてはいませんでしたね、銀のラックの一番上のところに置かれたまま、ピンクと赤のチェック柄の布をかけられ眠っておりました。そこに私は目をつけましたよね。その頃はもうなんか文章を書いて生きていくんだな、みたいな今から思うと顔を覆いたくなるような確信を持っていたので、これからは手書きじゃなくてワープロなんじゃないか? とひらめいていたのですね。

ところがどっこい。

言います? ところがどっこいって。もう久しく聞いていないな。もう二度と言わないかも知れない。そんなことはどうでもいい。

ワープロ触ったことのある人が今まわりにいるのかどうかわからないのですけれども、そしてこれは私に独特の事案なのかもしれませんが、当時はひらがな入力が主流だったんですよ。ちなみに私の言う主流というのは兄一人を指します。兄のやりかたが世界の主流なので。

そもそもひらがな入力って分かります? 今それで入力している人いるのかな? つまりキーボードのPを打つと「せ」がでてOを打つと「ら」がでてSを押すと「と」がUを押すと「な」がTを押すと「か」が入力されるやつのことなのですが。
金田一少年の事件簿 学園七不思議殺人事件を参照してください)

なんか私は昔からそういうシナプスをつなげる作業が好きで、ここ打つとこれが出る、みたいなのが本当に楽しくて、すぐに見ないで打てるようにまで成長したように思います。

でもあれなんですよね、ワープロってリボンっていうんですか? あの印字するのに使うインク的なものが結構消費が早かったか、高かったかで、印刷はなかなかできませんでしたよね。そして音がめちゃでかいから印刷していると「なにしてんだ?」というようなことになるので、ただ文字を打って、フロッピーに保存して置いておくというような作業をしていました。

でもですね、ご存知のとおり、世の中はローマ字入力じゃないですか。
ローマ字入力だったんですよ。気がついたら。というか始めから本当はローマ字入力が主流だったのかもしれない。

でも私はもうひらなが入力でシナプスが出来上がってますから、もう全然直すとかいうのが無理だったんですね。なので、たぶん高校の選択授業で情報処理みたいなのが登場したときも、恨みがましい目で「パソコン室」というプレートを睨むことしか出来ませんでしたよね。

(その後、もはらローマ字入力からは逃れられない、と思いローマ字入力を覚えましたけれども若干の抵抗があったため、またひらがな入力の強く根深い癖が残っていたために、人差し指と中指のみですべてをカバーするという気持ちの悪い打ち方をしており、昨年だかその前の年だかにいよいよ腕を痛め始めたので、最初からやり直しましたよねめちゃくちゃ辛かったです矯正するの)

そういうわけで、わたしのはじめてのインターネットはだいぶ後ろ暗いというか、誰にもバレてはいけないというような気持ちが常にあり、パソコンも家の端というか縁の、なんかほぼ外じゃないのかみたいな場所に置いてあったので、今でもパソコンを触るときには若干の罪悪感があります。罪悪感? 背徳感? なんかそんな。

当時私がインターネットで何をしていたかというと、ほとんど何もしていなかったのですね。しいて言えばインターネットをしているということをしているような状態でした。

だって意味分かんなかったもんね、というか意味が分かっていなかったですよねインターネットというのがなんなのか。今でもよくわかってはいませんけれども。情報が手に入る、ということだけは分かりましたが、情報を手に入れる方法とかがよく分かってなかったので、ただパソコンを触るという作業でした。

その中で明確な目的というのは嵐のライブのMCを読むということで、2002年くらいに母が知り合いからプリンターを譲り受けまして、インターネットの文字を印刷できるという画期的な技術に私は一瞬で目を奪われました。

すごくないですか? ワープロと全然違うんですよ。まじで。

で、私はライブに行かせてもらえないご家庭に住んでいましたので、インターネットの有志の形が嵐のライブのMCをこう上げてくれるんですね、それをコソコソ印刷して5万回は読みましたね。いまでもその時のMCは目で見たように思い出します。なんなら実際に見たという記憶にすり替わっていて私は怖い。ちなみに5万回読んだMCの内容はお風呂の話題で、翔くんがお風呂を沸かすときの「カチカチカチ」という真似をしたら、それが年下組に伝わらなくて(彼らのうちはもう自動のお風呂入れだったようだ)大野くんに「なあ、やるよなあ!お風呂沸かす時カチカチカチってやるでしょお??」と言ってて「やるやる。火がでるんだよね」と大野くんが答えて、二宮くんが「え? それは薪みたいなこと?」って言ってて翔くんが「ちっげーよばか!」って言ってた。あと翔くんが暑いお湯と冷たい水をまぜるためにお風呂の上に置いてあるくるくるくる~ってなる蓋をくるくるさせた状態でかき回すんだっていう話をしたときに潤くんが「え、どういうこと? なんでかき回すの?」って言っていて翔くんが「は? 水は冷たいから下に行くんだよ!」ってマジギレしていた。

なんの話でしたっけ?

インターネットの話か。もうやめようか。なんかここから先は思い出したくない気がする。タイトルがすべてを物語っている。

端的にいうと、当時のインターネットというのは間違って覚えろ的な風潮がつよく、HOWTOインターネットみたいなのも巷には流れてなかったんですね。もちろん私だけの話です。周りに言っていないのだから流れてくるはずがない。

そうなるとどうなるかというと、過ちを犯すんですね。

当時小学生とかでしたから、もしくは中学生でしたから、全然そんなリテラシーとかよく分かってませんでしたので、何かの掲示板にきっと出席番号とか書いてしまっていたのでしょう。思い出したくないのでもう記憶にまったくないですけれども。そうしたら掲示板の管理人さんが私の書き込みを消しまして丁寧にこう教えてくれました。

「出席番号は書いてはいけません」

悲鳴。

悲鳴ですよ。今の私も当時の私も。自意識大爆発ビックバンだったので、今もビックバンしてますのでどこかで新しい星が生まれていることでしょう。元気でな。

このように当時のことを思い出すと意味のわからないことをいい始めてしまうのでやめましょう。いい思い出ってあんまりないもの。いや、楽しかった、ものすごくエキサイティングだったことは間違いないのだけれど、それにともなう痛みが強すぎて前後不覚になる。

今の人は生まれたときからインターネットがあるわけじゃないですか。それはとてもうらやましいし、ときどきは本当に小さい頃になくてよかったな! と思います。でも一番羨ましいのは、インターネットリテラシー的なものを授業なり両親なりから教わることが出来るというこの一点ですね。

あの悲鳴を私は忘れないぞ。今でもお風呂入っているときに急に思いだして「ああ!」とか言ってるぞ。

そんなこんなで、私のはじめてのインターネットメモリーを終わります。

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#はじめてのインターネット